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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9987号 判決 1976年8月26日

原告

佐々木志津子

被告

鈴木幣明

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金一四四八万四五一〇円および内金一三四八万四五一〇円に対する昭和四八年一月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自原告に対し金一、五〇〇万円および内金一、四〇〇万円に対する昭和四八年一月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和四七年一二月二一日午後一時四〇分頃

(二)  場所 東京都杉並区宮前二の二一の一八先路上

(三)  加害車 大型特殊自動車(シヨベル・ローダD三〇S)

右運転者 被告 鈴木

(四)  被害者 亡岩瀬利和(以下、単に亡利和という。)

(五)  態様 被告鈴木が事故現場道路の舗装工事のため加害車を運転して砕石の敷ならし作業に従事中、亡利和が加害車の動きを注意して待つていたところ、急に加害車が曲がつたため亡利和は加害車のバケツトと石塀との間で腹部をはさまれた。

(六)  結果 亡利和は右事故のため腹部に傷害を受け、事故後直ちに東京女子医大病院に入院して治療を受けたが、昭和四八年一月一一日午後〇時四五分頃同病院で死亡した。

二  責任原因

(一)  被告鈴木は、加害車を運転し前進、後退をくり返しながら道路舗装工事のための砕石の敷ならし作業に従業中、道路右端のL字型側溝にそつて加害車を後退させるに当り、当時自車の進路にはまだ敷ならされていない砕石の山があつて路面には凹凸があり、附近には右工事に従事中の作業員が数名おり、右L字型溝附近にも亡利和がいることを熟知していたのであるから、周囲の安全を確認するとともに各種レバーを的確に操作し進路を定めて後退し、附近の作業員との衝突等による事故の発生を未然に防止する義務があるのに、右後方および側方の安全を確認することなく時速五キロメートル位の速度で後退し高さ三〇ないし四〇センチメートルの砕石の山に乗り上げ進路を左に変えて停止した過失により、自車のバケツトを右に突き出して前記のようにL字型側溝に佇立していた亡利和に右バケツトを衝突させ、同人をバケツトと右側隣家の石塀との間に狭圧して本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基く責任がある。

(二)  被告奥山は、加害車を保有してこれを自己のために運行の用に供していたものであり、また、被告鈴木の使用者であるところ、同被告が被告奥山の業務に従事中に前記のような過失によつて本件事故を惹起したのであるから、自賠法三条および民法七一五条に基く責任がある。

三  損害

(一)  葬儀費用 二九万円

(二)  亡利和の逸失利益 一四四三万円

亡利和は昭和二五年一月三日生の男子で、本件事故当時母である原告が経営する有限会社大進道路で道路舗装等の土木工事に従事していたものである。ところで、労働省発表の昭和四八年度賃金構造基本統計調査報告によれば、同年度の産業計企業規模計の男子労働者の平均賃金は現金給与月額一〇万七二〇〇円、年間賞与その他特別給与額は三三万七八〇〇円であるから、亡利和は本件事故にあわなければ六七歳まで稼働しその間少くとも右程度の収入をあげ得たと推認される。そこで、生活費として収入の二分の一を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡利和の死亡時における逸失利益の現価を計算すると一四四三万円(一万円未満切捨)となる。

(三)  権利の承継

亡利和の相続人は母である原告と父である訴外岩瀬兼吉であるが、原告と同人との間で亡利和の遺産分割について協議した結果、昭和四八年五月一日原告が亡利和の逸失利益請求権を全部取得する旨の協議が成立した。

(四)  慰藉料 六〇〇万円

原告と前記岩瀬との間には亡利和のほかに長女幸枝、次女三智子の三人の子供がいたが、原告は長女が嫁いだ後の昭和四二年六月二三日右岩瀬と協議離婚し、亡利和と次女を引き取つて成年まで養育したものであるところ、本件事故により精神的にも経済的にも支柱と頼む一人息子を奪れ多大の精神的苦痛を蒙つたほか、有限会社大進道路は利和の死亡により廃業のやむなきに至つた。なお、亡利和の父である前記岩瀬は前記協議書により被告らに対して慰藉料を請求することはない。

よつて、これらの事情を考慮すると原告に対する慰藉料としては六〇〇万円が相当である。

(五)  弁護士費用 一〇〇万円

四  損害の填補

原告の本件事故に関し被告奥山から葬儀費用として二九万円、香典として五〇万円を受領したほか、労災保険から三二九万円を受領した。

五  結論

よつて、原告は被告らに対し三の損害額合計二一七二万円から四の填補額合計四〇八万円を控除した残額一七六四万円の内金一五〇〇万円および右金員から弁護士費用を控除した一四〇〇万円に対する亡利和の死亡の日である昭和四八年一月一一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因一の(一)ないし(四)は認めるが、(五)および(六)については亡利和が加害車のバケツトと石塀との間に腹部をはさまれて受傷したこと、および亡利和が事故後直ちに原告主張の病院に入院して治療を受け、主張の日時に死亡した事実のみ認め、その余の事実は否認する。

亡利和の死亡は余病の併発によるものであり、本件事故と因果関係はないものである。

(二)  請求原因二の(一)は否認する。同(二)のうち被告奥山が加害車の運行供用者の地位にあつたこと、および被告鈴木が被告奥山の従業員であつたことは認めるが、その余は争う。

(三)  請求原因三はいずれも不知。

(四)  請求原因四は認める。

二  抗弁

被告鈴木は、幅員三・五メートルの道路内で前後で各一団となつて作業をしている数名の作業員に注意しながら、バケツト部分の幅が一・七メートルもある加害車を運転して前進、後退をくり返す作業を続けていたものであり、しかも右作業現場には制水弁があつてこれにも気をつかわなければならなかつたのであるから、加害車の側方を不規則的に移動する者についてまでも、その都度その動静を確認することは不可能な状態にあつたものである。

したがつて、加害車を運転して作業中の被告鈴木の視角に入らないような場所での単独作業は極めて危険であるから、これを避けるべきであつたのに、亡利和はあえて危険な加害車の側方に入りこんできたものであり、本件事故発生については亡利和にも過失があつたというべきである。

第四抗弁に対する原告の認否

否認する。

第五証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

昭和四七年一二月二一日午後一時四〇分頃、東京都杉並区宮前二の二一の一八先路上において、亡利和が被告鈴木運転の大型特殊自動車(シヨベル・ローダ)のバケツトと石塀との間で腹部をはさまれて受傷し、事故後直ちに東京女子医大病院に入院して治療を受けたが、昭和四八年一月一一日午後〇時四五分頃、同病院で死亡したことは当事者間に争いがない。

そして、原本の存在とその成立に争いのない甲第五号証によれば、亡利和は外傷性の肝挫傷および横行結腸壊死が原因となつて肺動脈血栓症を起し死亡したことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、右事実に前示争いのない事実を併せ考えると、亡利和の死亡と本件事故による受傷との間には相当因果関係があると認められる。

二  責任原因

(一)  成立に争いのない乙第一号証の一、二、同第二号証の一、二、証人清山政雄の証言および被告鈴木幣明本人尋問の結果を総合すると、

1  本件事故現場は通称五日市街道から通称神明通りに通ずる延長約五〇〇メートル、幅員三・五メートルでその両側に〇・四メートルのL字型側溝が設置されている道路の神明通り寄り路上で、附近の状況は概略別紙見取図のとおりであり、当時、右道路は新進興業株式会社が元請、有限会社大進道路が下請となつて舗装工事中であり、さらに、右舗装工事のうちの掘削、残土運搬、砕石敷ならし工事については被告奥山がこれを下請し、既に右道路の大部分の掘削、砕石敷ならし等の作業は終了して神明通り側約三〇メートル程を残すのみとなり、本件事故当時は右部分の砕石の敷ならし作業中であつたこと。

2  被告鈴木は、ダンプカーが神明通りとの交差点附近に降した砕石を加害車を運転し前進、後退をくり返しながら敷ならす作業に従事中、神明通り方向に向つて右側のL字型側溝沿いに隣家の石塀との間に〇・七ないし一メートル程の間隔を置いてバケツトで砕石を引つ張りながら加害車を後退させ先に同被告が加害車のバケツトで引つ張つていつたためにできた高さ三、四〇センチメートルの砕石の山に乗りあげたところで再度前進に移るためブレーキをかけたところ、右制動のシヨツクで加害車が右斜め後方に傾いて左に方向が変つたため、加害車前部のバケツトが右方に突き出てバケツトの右端がたまたま別紙見取図点附近の側溝上に立つていた亡利和の腹部に当り、同人がバケツトと隣家の石塀との間で腹部を狭圧されたこと。

3  被告鈴木が加害車を運転して砕石の敷ならし作業をしていた前記道路の神明道路寄り三〇メートル位の区域内には事故当時一〇名位の作業員がおり、その中には加害車の側方や後方で加害車が敷ならした砕石をスコツプで手直ししている作業員も数名いたこと。

以上の事実が認められ、証人清山政雄の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するにたる証拠はない。

右事実によると、被告鈴木は附近に作業員が何人か作業しているのであるから、周囲の安全を確認したうえ加害車を確実に操縦して作業員との衝突等による事故の発生を防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、加害車が砕石の山に乗りあげた不安定な状態でブレーキをかけ加害車を右斜の後方に傾かせた過失によつて本件事故を惹起させたものと認められるから、同被告は民法七〇九条に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告奥山が加害車の運行供用者の地位にあること、および被告鈴木が被告奥山の従業員であることは当事者間に争いがなく、前認定の事実によると被告鈴木は本件事故当時被告奥山の業務に従事中であつたものと認められるから、被告奥山は自賠法三条および民法七一五条一項に基き本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  葬儀費用 二九万円

原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告は、亡利和の死亡に伴つてその葬儀をとり行つたこと、および右葬儀のためには二九万円の費用を要したことが認められる。

(二)  亡利和の逸失利益 一八八〇万二一五八円

成立に争いのない甲第四号証および原告本人尋問の結果によると、亡利和は本件事故当時二二歳(死亡当時二三歳)の健康な独身男子で、原告が代表取締をしていた有限会社大進道路に勤務してブルドーザー、シヨベルローダ、普通トラツクの運転その他の土木工事に従事し、一ケ月一〇万円を下らない給与のほか年間三・五ケ月分程度の賞与の支給を受けていたことが認められ、右事実によると亡利和は本件事故にあわなければ平均余命の範囲内で六七歳まで四五年間稼動し、その間男子労働者の平均賃金程度の収入をあげることができたはずであると推認される。

そこで、昭和四八年度および同四九年度分については労働省発表の右各年度の賃金構造基本統計調査報告の産業計、企業規模計の男子労働者年齢計の平均賃金を基礎とし、右以降については昭和五〇年度の民間会社における賃金上昇率が控え目にみても五パーセントを下らないことは公知の事実であるから、昭和四九年度の平均賃金に右賃金上昇率を加算した額を基礎とし、生活費として収入の二分の一を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡利和の逸失利益の現価を算定すると別紙計算書のとおり一八八〇万二一五八円となる。

(三)  権利の承継

前掲甲第四号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第二号証、右甲第二号証および原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第一号証を総合すると、亡利和の相続人は母である原告と父である訴外岩瀬兼吉であるが、昭和四八年五月一日原告と右訴外人間に亡利和の死亡に伴つて発生する請求権は全部原告が取得する旨の遺産分割の協議が成立していることが認められるので、前示逸失利益請求権はすべて原告が承継したものと認められる。

(四)  慰藉料 六〇〇万円

前掲甲第四号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第三号証および弁論の全趣旨によると、亡利和は原告と前記岩瀬兼吉間の長男であるが、原告は昭和四二年六月二三日右岩瀬と離婚した際亡利和の親権者となり同人を引き取つて成年まで養育し、引き続き同人と同居し同人を頼りにしていたことが認められる。

右事実によると、原告が亡利和の死亡によつて多大の精神的苦痛を受けたであろうことは容易に想像されるところ、前示のとおり原告と前記岩瀬との間には亡利和の死亡に伴つて発生する請求権は全部原告が取得する旨の遺産分割の協議が成立していること等諸般の事情を考慮すると原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛は六〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

四  過失相殺

前記二の(一)および三の(二)で認定した事実によれば、亡利和は事故現場の舗装工事に従事し加害車が前進、後退をくり返して砕石の敷ならし作業をしていることは熟知していたのであるから、加害車の動きに注意して自らの安全を確保すべきであるところ、亡利和自身ブルドーザーおよびシヨべルローダの運転経験があつて砂利の山等がある不安定な場所を後退している加害車と石塀との間のわずかな空間に入りこむことの危険性は十分認識できたはずであり、しかも、加害車の西側には安全に通り抜けたり待避したりする余裕があり、また、シヨベルローダである加害車の速度はそう早いものではないから安全な場所まで避けることも容易であつたのに、あえて加害車と石塀との間のわずかな空間に入りこみ立ち止つて加害車をやり過そうとしたことが明らかであり、亡利和の右過失は本件事故発生に相当程度寄与しているものと認められる。

よつて、右過失を斟酌すると、原告が被告らに対して請求し得る額は前示損害額から三割を減じた額とするのが相当である。

五  損害の填補

原告が本件事故に関し被告奥山から七九万円、労災保険から三二九万円を受領していることは当事者間に争いがない。

六  弁護士費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によると、原告は被告らが損害賠償の請求に任意に応じないので、原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し手数料および報酬として一〇〇万円の支払を約していることが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、および認容額に鑑みると右額は本件事故と相当因果関係のある損害であると認められる。

七  結論

よつて、原告の本訴請求は被告らに対し一四四八万四五一〇円および右金員から弁護士費用を控除した残額一三四八万四五一〇円に対する亡利和死亡の日である昭和四八年一月一一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴託法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

計算書(円未満切捨)

<1>………(107,200円×12+337,800円)×0.5×0.9523=773,362円

<2>………(133,400円×12+445,900円)×0.5×(1.8594-0.9523)=928,280円

<3>………(133,400円×12+445,900円)×1.05×0.5×(17.7740-1.8594)=17,100,516円

<1>+<2>+<3>=18,802,158円

別紙 見取図

<省略>

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